雑巾色の靴

f:id:pinkypop:20260716021046j:imageおしゃれな高い服や、高い靴を買っても全く大事にできないからそのことがいつもお買い物で頭によぎる。どうしても大事に大事にできない。ぬいぐるみや本ならいくらでも大事に大事にできるのに、なぜか服や靴はできない。消耗品という考えになっていて、だから取り替えのきくものばっかりもっている。靴洗えない。ぬいぐるみなら定期的にお風呂タイムしてあげれるのに…。

自分が持ってる服や靴の大半は雑巾っぽくなっている。頑丈で適当に洗っても平気で、一枚で着れる服ばかり着ている。実家の部屋にガリが乗った皿(食べたくなって急に買った時のやつ)を三ヶ月放置してしまうようなズボラな人間には、アイロンがけも自分のためにできない。

お洋服を大事に着たり、可愛いお洋服ブランドや可愛い髪色でいつもちゃんとファッションに気をつかっているひとは本当にすばらしい。ほんとうにかわいくて、悔しい…!!!と思う。そういう人に会うと自分も反省して今日からはおしゃれ魔女になるぞ、小さい頃なりたかった姿ってそれだよ!と意気込み、しばらく自分の姿を見て、自分は若い時間を無駄にしてるのかと落ち込む。でも小学生の頃から写真に映る自分に絶望しているから、そこも含めて若い時間を無駄にしてるのか…と落ち込んでいる。

 

ともだちが肌も綺麗でメイクも髪もちゃんとしていてお洋服もおしゃれでちゃんとしたものをきていてたまげた。バッグの中身も綺麗そうでははあ…と落ち込んだ。

その後自分も髪の毛を切り香水をつけて家の洋服を畳んだ。靴をメルカリで見て3時間ぐらい費やし何も買わなかった。何にお金を使いたいかを考えると、お洋服にも使いたいけど圧倒的に今は本や制作や映画に使いたい気分になっている。

この前夜中に急にメイクを始めて、5分おきに髪型を変えたり、可愛い買ったばかりのバレッタやヘアゴムをつけて外してつけて外してを繰り返してどうにも可愛くならなくて大泣きした。

その日の前日の夜中に塩分を取りすぎていたからだったと思うけどどうやったらここから可愛くなれるのかわからなくてそこにお金を注ぎ込みたくなった。

 

 

 

勉強さしすせそ

f:id:pinkypop:20260716014635j:image去年から今年の春にかけては、たくさん絵をかく年にできた。展示の予定がしばらくないから、今年は勉強をたくさんする年にしようと思った。勉強をして視野が広がって、そうした状態でどんな人も区別せず話がしたい。思ったことがうまく人に伝えられられたら、そうなれば自分がここにいる意味があると思えると思う。自分が本当はどんなことを考えていて本当はどんなことがしたいのかすぐに引き出しをあけておもいだすことができるだろう。

なんだかそうなったら急に行きたい映画特集がたくさんでてきて、新しい映画も見たい!良き谷の物語とギヨームブラックの新しいえいががみたい。ソ連映画の特集みなさんいきますか?

あー学校通いたい…勉強がしたい…でも学校というシステムが本当に本当に合わないから行けません…。

毎週行きたいギャラリーができた。写真の会社で働いていた時に会社に毎回dmが送られてきていて、毎回持って帰っていたけど京都だと思い込んでいて一度も行ったことがなかった。東京だった。その何駅か隣に大きい図書館もあってそこにも通おう。

 

友達と写真展示を見に行ったらやっぱりものすごく楽しくてこんなに素晴らしい日が永遠に続いたらいいと思った。コンペ用のファイルを買いに行ったのにシールだけ買ってシール交換をして、1時間ぐらいカメラコーナーであそんでかえった。 

 

自分の物事の知らなさ加減や無駄に自分はこうあるべきだからこういうスタイルでいくんだ!という、固定観念を自分で作り込んで意気込んでカッコつけてしまう姿に気づいて定期的に恥ずかしくなって、そんなふうにまわりくどいことをして無駄遣いした時間を悔やむ。

何かをするために他の何かをするのをピシャンと止めてしまうことって、いいことなのか悪いことなのかどっちかな?と考えたけど、直感や熱意を見失っている状態で自分はこうあるべきだという思い込みで周まわりくどいやりかたで自分を走らせてしまうのであれば、やらないで他のことで遊んでいる方がいい。映画も見れないときは見なきゃと重い腰をあげるんじゃなくて、見たくなるのを待てば良い。

 

自分がやりたいことや、好きな物がどんな物なのかをよく観察してみたらどうしてそれが良いのか見えてきて、それに従えば自分のやりたいことからそれないでいれるはずなんだけどすぐ忘れる。

 

あ、そーだ明るさを見せびらかしたいとあんまり思わないけど結局は太陽のような明るさを持った人にいつもなりたくてなりたくて仕方なくなって涙が止まらないから、なりたい姿に見えるためには今持っている明るさを見せびらかさなきゃと思った。これも回りくどい回り道だ。きっとあとからこんなことは道化だと後悔する。

 

 

今日は一日ぬいぐるみを作るのと色々準備と、八月のイベント用のグッズ準備と、家のテーブルをなおした。貧血気味になって明日は家でゆっくりしたい。

ことばは

文章は、顔の見た目も、体のバランスも関係ないし悲しかったことや頑張ってきたことを書いても、話すのが遅くても何を言ってるか自分でわからなくなっても、空気感がどよんとしないからすごい。文章のあとにそれを生み出した人の顔を見てへーとおもっても見る以前と何も変わらないからいい。言葉だけで誰かの元に届くのは体が透明になってるのと似ている。

メモ2026..6.9

こうしたらいいんじゃない?というアドバイスはその人が良くなる方向に向かうのではという確信があって思いやりを込めて言う時に限ってその人の為になる行動であって、自分の趣味とか生活基準に相手を寄せるための、矯正するための縄ではない。

自分の趣味が崇高で正しいと思ってはいけないと思うけど色んなことを知って行けば行くほど物知りなつもりになれるからこうやってじぶんも断言してしまうし、でもそれが人を傷つけるきっかけになるのもしっている。

なにかの新書、論文?を読んだ時に、時代も人も移り変って行くのに、なぜ世の中の中年や老人と若者の意見は大体衝突して、分かり合えないんだろうと言うことについてかいてあった。

若者からした老人のアドバイスが、古い考えだなあーとか、固いんだよおーとか、なぜそういうふうに思われるのかについて。

どんな知識もどんなに素晴らしい考えも、固執せず時間と共に更新していかないと偏見になるという風に書いてあって、はあーとおもった。世の中が変わっていくということが、考え方が変わっていくということであり、じゃあそれが世の中が全体的にアップデートされていくということなら、なんで今の世の中の進み方が最悪だあーと感じるんだろう。ここにいたくないとたまに思う。

何も考えずに、よしとされている一般論に沿って人にアドバイスしたり非難することも意味のない事だ。自分がどうしたら良いか考えることだけが生きてる意味なら、自分なんか、今生きていると言えるかなあーとか思った。

最初に言った縄も、偏見と同じようなことだとおもう。自分の中からできるだけ偏見がなくなりますようにと思うけど、定期的に自分の偏見が人に悲しい思いをさせている。

コアラのポーズしながら近所を歩いてたらお婆さんに( ゚д゚)クワッて顔されて、偏見とか関係なく、これもむずかしーやつで、それぞれの中での良い悪いの線が違うからこうなってるんだな、やっぱ自分って変なんだあーとおもった。変だって気づいてそうしてる時はファッションだけど、自分で気づけてないときは、恥ずかしい

星になりたい星、そして変わりゆく、星になりたい星。

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東京で新宿眼科画廊様にて開催した個展☆星になりたい星。そして大阪JITSUZAISEI様にて開催した巡回展☆変わりゆく 星になりたい星。

ご来場してくださったみなさま、そして開催をさせてくださり、未熟すぎる自分をたくさんサポートをしてたすけてくれた新宿眼科画廊様、jitsuzaisei様、本当にありがとうございますますます⭐︎

 

記名帳全て読みました。書いてくださった方々ありがとうございますm(__)mDMやお礼の文章を送れずすみません。。。くださったプレゼントも、お会いしてお話してくれた方々の言葉も、全て覚えてます。カイバに焼き付け一生覚えます。ありがとうございます(;_;)

この展覧会ではこの二つのメインの絵がありました。この絵はお守りのような絵です。

 

片方では展覧会全体のテーマを非公開にし、展覧会会場にて来場者の方々のそれぞれの視点で作品からメッセージを受け取ってもらうようにしてみました。その後大阪ではテーマを明確にし、展覧会自体が星になっているとしてその動きや線を、皆様にかんじてもらえたらとやってみました。

巡回展では展示作品を一部変更、追加しました。

コンセプト 星とは

人がいろんな人と繋がっていくことは星座と同じだと思う。人は星だ。人と人が様々な線で繋がっていて、その線は私にとって、強く握りしめて離れないようにしたい手綱みたいなものだ。自分が、関係したい人達にとっての星座の1つでいたい。

また、星とは憧れるもののことでもある。アイコン。眩しかったり救われたりする自分にとっての光のような存在。

また、ギリシャ神話で人が死んだら星になるという一説がある。星とは生まれ変わることでもある。


【星になりたい星での意図、テーマ(展覧会では非公開)】

みんなバラバラのところに立っていてそれぞれの人生を送っている。それぞれが出会ってつながることや、それぞれがもつ複数のコミュニティが星座みたいにみえる。見渡したらどこにでもいる他人のこと。輝いてみえる瞬間と大事な人。自分を星に見立てて大事にしてみる事。それから、星になりたいと思う時の事について。

 

【変わりゆく 星になりたい星 展覧会の意図、テーマ】

人と人は繋がっていつつも、常に状況と共に流れ流れて変わり続けます。

例えば引っ越しなどのように、場所から場所へ移動することにより、関係の線ができます。元々あった関係(星座)が薄く感じることもあり、新しい場所での関係がつよくなることもあります。

『星になりたい星』展も場所を移動し、時間の経過を経ることによって人間と同じように新たに線が生まれ変化(移り変わり)がおきると予感しています。

訪れる人々によって、この展覧会自体がおおきな星座と化すのです。

 

 

一部作品解説 星になりたい星

 

『私たちの目の前にある階段』2025年 アクリル、キャンバス F12 

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学生時代は毎年、学年が上がってその環境の中ですごします。学生時代が終わって大半の人は自由になります。自由とは自分で選択することを指します。仕事、関わる人、趣味など。

自由な時間の中でたびたび、自分が何者なのか考えることや自分自身の過去に向き合おうと試みることがあると思います。

それはとても苦しいので放棄することもできます。型を選び毎日を設定してもらうことです。この絵は、考えることができる私たちにたちはだかる階段を描いています。

 

『こみゅにてぃー』アクリル、キャンバス、F6 2026年

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私たちは常日頃人と関わり合いながら生活をしています。日々生活していく中でその繋がりは増えていき、消えることがなくて、消えたように思ってもそれは忘れているだけだと思います。見えない線は残っています。離脱したい時もあるけど、人が1人ではいられないから街はこういう形をしてるんだと思います。

 

『エスケープ』アクリル、キャンバス、24×20㎝ 2026年

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コミュニティーの輪から抜ける絵です。

例えば学校や会社などから抜けようとすると電話や連絡がきます。誰も悪くないので全員可愛くかいています。じょうろはこれからの自分の新しい道を育てるモチーフです。

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『もう帰らないから帰れないところまで行けるよ』

全ての作品の中のアマゾン川イルカは不透明な将来や、幻のように見ることのできない想像の中のものをあらわすモチーフです。

自分自身を子供だと思っていたのに、年齢が上がり急激に大人と認識される社会へ足をふみだします。

寝起きのような状態なまま雲に隠れた塔へ上昇していきます。

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『毎日とはそれぞれの人に明日が来ること』アクリル、キャンバス、F10 2026年

明日は毎日やってくるものです。

人によって自分のもとに訪れる明日はいろんな形をしていて、ものによってはきてほしくなかったりきてほしかったりして、さまざまです。

長い年月悪天候が続いても、いつか晴れることを願いながら一日一日を過ごします。

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『普通があるから成り立っていること』アクリル、キャンバス、F6 2026年

私たちが泣きながらつづった言葉や自分のアイデンティティをあらわす時に、そういった自分の行動が叶えられるのは他でもない『普通』が受け入れられる、またはのみこめる人々によって動いているシステムがあるからだとおもう。

 

『星になるようにできている』

私、私と関係している切り離せない問題達、そして私の救済になるもの達。点と点は見つかりづらいところにあって、でもどうなってもいつも星になるようにできている。

 

 

一部作品解説 変わりゆく 星になりたい星

 

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『この世界はこうみえている』

キャンバス.アクリル F12 2026年

「私たちの目の前にある階段」を書いてその後の世界の見え方の変化

 

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『わたしたちは妖精だった』

アクリル、キャンバス、F10 2026

全ての作品の中の妖精の羽は、「本来の世界ではない場所で生きている気分」のモチーフです。時間の流れに置き去りにされること、浮いていることやズレが生じることに対しての努力は自然としてしまうものだけど、それらは自分自身の認識の問題である場合もあり、自分を責めなくて良いのだと思います

 

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『わたしは魔女だよ』

アクリル、キャンバス 24×20 2026

鏡に映る実際の姿とは似つかない姿があります。醜さではありません。日々のおしゃれや、得た知識や、経験や、志や、優しさによって大きな姿に変化しています。そしてそんな自分自身を見ることのできない女の子の絵でもあります。

 

 

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『メリーゴーランドのシーン』

アクリル、布、2026

メリーゴーランドは楽しい時間のモチーフとして描かれています。いつでも自分自身に起こる楽しい出来事は、自分の周りで発生しているものではなく、そこへ参加するべく足を運ぶことによって起きているように感じています。

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【展覧会会場】

【新宿眼科画廊】

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詳しい会場の様子は新宿眼科画廊様のアーカイブページにて→星になりたい星 – 新宿眼科画廊

【jitsuzaisei】

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f:id:pinkypop:20260331155012j:image大人になってみて、同窓会や中学や高校の打ち上げ的な図りをする人たちの輪が未だにあるのにがーんとなる。でもその人たちは意図してそうしてる訳じゃなくて、誰も悪くないのだとおもう。

中学生の頃あった打ち上げには、いきたいわけではなかったけど、呼ばれてない!みたいなのがガーンだった。クラスメイトといつも同じ空間にいるのに、自分だけいないものとして見なされている、ということなのだと思っていた。後日にも、友達だと思っている相手の心境がわからなくなって悲しくなるという気分がやってくる。なんか多分本当に一緒にいて楽しい人がいつも必ずそばにいたら、それは居場所があるということだから、輪を作られることにショックをうけないと思うけど、自分は常に居場所を探していたし、話をするときはなんとなく芝居を見てるみたいな気持ちになることが多くて、どこにも所属できなかった。中学高校ではいろんなタイミングで人のレベルが決まるような雰囲気をいつも感じていた。居場所がないと妖精みたいに振る舞っているしかないなあーといつも思っていた。美しさが必要なタイミングが目の前によくあらわれるのもすごく辛い気持ちになる。自分で自分の外見がまあまあ許せないと外に出れないし人と会えない。

 

限定的な、条件に合格した人だけを迎え入れる場所を作らないようにしたら悲しい人が減ると思う。輪を作ることは排除することとたまに被る部分がある。そういうのは容姿や才能の必要な職業だけになったらいい。

でもそういう媒体に参加して助けられてる人もいる。(生活とか)

その外側にある、憧れという言葉に変換された仲間外れの気分を見落とさないようにしたい。

それと、交友関係の輪は排除のようになることもあるけど、誰にでも自由なものであるべきだからどうにもできず、自分の尊重と、人への思いやり以外では、今までもこれからもどうもできないのかなあーとおもった

素晴らしいおもいでについて

みんなも自分もたぶん、多分明日とか一ヶ月後のこととかしか想像ができない、今のことしか見えてない

服も写真も見返してびっくりする。忘れているけど見返すと思い出す。

写真を見返すと元気が出る。みんな会えなくても、その先会えるって思ったら前の写真見返すだけで生きていけるきがする。見返しただけですごいすごいすごい元気がでた!!

相手もその日をたのしかったと思っていたら、相手と自分の中に記憶が残っているから、お互い大事に思ってる限り、平気だ

3年前の実家の写真をみたら服が可愛くて、しかもなんか、ガリがのった皿を二ヶ月ぐらい放置して腐らせてた

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