
ほとんど人と会わないで個展のために漫画を描いて本にまとめたり絵を描いたりぬいぐるみを作ったりしていた。
人と会わないと、自分が自分じゃなくなっていく気分になる。自分が今まで、こうなろう!と、良くなろうと目指して形作っていた自分がどんなだったかわからなくなる。(本当はみんなそのままでいいのだけど)
今度人と会っても、その時に全く好きではない自分が出てきてしまって嫌われるんじゃないかなあー?と考え始める。好きじゃない自分が喋ってるのを感じながら人と関わる生活をしているとだんだん、もう誰にも見られたくないという考えになってくる。
なんかそれを考えていたら、自分は自分を好きになるために、誰かに自分を好きでいてもらいたいんだなあーとおもった、みんなそうか!
それと誰かが不安な気持ちになってたら一緒に考えたいとか、いつでも悲しかったり寂しい人のもとに駆けつけるスーパーマンになりたいと思ってることは、繋がっているのかな?
最近自分が可哀想だということを前提にして全部に病気の名前をつけそうになっている。病名(たぶんこれ?みたいな病名をネットで探してみつけたりね…)をもとに、昔こんなことがあったせいで自分は…とかを考えたりする。
そんなことを言っても誰も自分をたすけることはできないから、その先の未来を明るくするのには自分で工夫していくのしかないんだとおもう。自分で運転をしないと意味がないから。最終的には自分しかできないんだとおもう。どうやってもそうなんだと思う。でもその中でも例えば誰かと出会って幸せになることは、自分がそこまで頑張ってきたからと褒めていいはず
誰かが幸せになれたところを見た時に自分は、あなたが頑張ってきたからだよと思うから、だからいいはず!
自分を好きになるために、、っていうなんかこれは、自己啓発?みたいだ。
一時期ハマって見てたバチェロレッテでもバチェラー参加女性でもその後Instagramで自己啓発本だしたりしてるけど、こーいうことを考えてるのかね??
バチェラー自分が参加したら番組的に何も成り立たなくて意味ないけど、男の人に多分むかつくから(番組の構成自体にもむかつく)ゴキブリのおもちゃをばら撒いて参加女性達と酒を飲みまくって踊りまくってたまに腹踊りとかしてお茶目アピールしてテレビの前でぶりっこも披露して女子トークしまくって帰る。
雪の断章かなにかで斉藤由貴が家の中でバービーボーイズの負けるもんかを流しながらご飯を食べるテーブルの横で踊りまくるシーンがあり、みんなこうなりたいよねっとおもった。

バチェラーって最初、かならず女性の自己紹介アピールタイムみたいなのを設けているのだけど、そこで何やるかをみんなで考えて遊びたい!
趣味「凶悪事件のwiki見ることです」と言って何??🌷と思われて、選ばれず帰宅
今日好きについては、中学の頃みんなの話についていける人になりたくて見てたけど今見るとバチェラーより無茶だ。恋をする予定が確定でたっているのも、話したい話がほぼできない中で誰かを好きになるのも、可能ですか?
でもそういう茶番ぽさも含め、この世の恋愛リアリティーショー全部見たい。
好きになりそうになっている眩しい私立恵比寿中学の、大爆発No. 1の歌詞もなんとなく聞いてるだけだけど、ほぼ同じこと言ってるきがする
奥井亜紀「Wind Climbing 〜風にあそばれて〜」も素晴らしいです!!!



































去る人の背中を見る時、そこで引き留めて、もっと話そうとか、ひきかえしてきて、と言うことがきっと本当はできるけど、相手の表情を考えて言えないまま姿が消えるのをみる。


前に本をメルカリに出品してて、「ページが傷んでしまいました。私の涙です 嘘ピョーン
今日は朝起きてすぐスーパーにいった。スーパーでお買い物をして荷物を持って歩くときってすごい。今日を過ごしている気持ちになった。主婦やオーエルになったような気持ちにもなった。ストッキングとかハイヒールを買って履く事とかも、似たような気持ちになるかもしれない。